ブリーチングは、強引にドアや窓を突破する手法です。
鍵開けは職人的な技術を要するため、関心を持たれやすい傾向にあります。一方、破壊的なアプローチについては、専用の道具さえあればできると思われることが多く、比較的関心を引きにくい傾向にあります。
確かに鍵開けはスキルや経験が必要ですが、破壊的アプローチがそれらを全く必要としないわけではありません。解説を読めばわかるように、効率的にブリーチングするには、従来の物理的セキュリティ(錠前やホームセキュリティ)の知識が不可欠です。
本記事をきっかけに、破壊的アプローチへの理解が深まることを願っています。
今回はブリーチングの入門編ですが、1本の記事で約1万8千文字にもわたっており、セキュリティ初学者にとっては十分すぎる内容になっているはずです。
ブリーチングの世界をお楽しみください。
ブリーチングには以前から関心があり、少しずつ情報を集めてきました。
2015年には拙著『ハッカーの学校 鍵開けの教科書』が出版されていますが、この本ではブリーチングについて一部の手法しか紹介されておらず、「ブリーチング」という用語自体は登場していません。
商業誌で取り上げるタイミングを逃したため、当時はKDP(Kindle Direct Publishing)を利用してKindle本として出版しようかと考えていました。
現在は紙の同人誌という選択肢もありますが、80ページ以上のネタが必要で、まだその段階には至っていません。そのため、同人誌化はもう少し先になりそうです。
そんな中、先月からCyber Risk Defenderのブログに寄稿する機会をいただきました。この機会を活かして、ブリーチングに関する情報を整理し、一部を公開することにしました。なお、本記事は調査や考察として書かれたものであり、悪用されないようにお願いいたします。
ブリーチング(breaching)とは、建物内に侵入するためにドアや窓などの出入り口を強制的に突破する技術です。「強制侵入」「不法侵入」を意味する”forcible entry”という用語が使われることもあります。
「ブリーチング」という言葉に馴染みがない方でも、映画や漫画では見たことがあるはずです。警察、特殊部隊、軍隊、麻薬取締部隊などが、建物内の犯人を強襲するためにドアや窓を破壊するシーンを思い浮かべれば、容易に理解できるはずです。また、犯人側が武器庫や輸送車を銃火器等で強引に開けるシーンを思い浮かべる人もいるかもしれません。具体的な手段は異なりますが、強行突破という点ではどちらもブリーチングに該当します。
実際のところ、ブリーチングが活用されるのは、このようなケースだけに限りません。事故や災害などの緊急時には、合鍵を探す余裕がないことが多々あります。その際、ドアや窓を強制的に突破して効果的な救助や消火活動が行われることがあります。
また、救助のためのブリーチングは、特殊な職業の人だけが行うものと思われがちですが、必ずしもレスキュー隊がすぐに駆けつけられる状況とは限りません。特に地震などの災害時には、交通網が寸断されたり、救助要請が殺到したりすることが考えられます。そのため、設備の管理者や警備員が救助のためにブリーチングを行う場面も想定されます。さらに、一般の人々でも家族を救うためにブリーチングを行わざるを得ない状況が生じるかも知れません1。
したがって、ブリーチングについて多くの人が知識として持っておくだといえます。一般の人にとって、その知識が活用される機会がなかったとしても、それは平穏な日常が保たれていることを意味するため、決して悪いことではありません。万が一の事態に備えて正しい知識を身につけておけば、普段から心に余裕を持つことができるでしょう。
正当なブリーチングの主な目的として、次のようなものが挙げられます。
泥棒や強盗がブリーチングの技術を悪用することもあります。そのため、防御側としては、監視や通報システムの導入、対抗手段の用意、パニックルーム2の設置などを検討する必要があります。
建物内に侵入する際、最初に考えるべき侵入口はドアであり、次に窓が候補となります。
次に検討すべき点は、どのような方法でドアや窓を突破するかです。しかし、ブリーチングが常に有効とは限りません。ブリーチングを行うかどうかは、侵入の目的、ドアや窓の状態、使用可能な道具、実施者のスキルや経験など、さまざまな要因を考慮する必要があります。一般的にブリーチングが行われるのは、緊急時や、他に選択肢がない場合に限られることが多いです。
ブリーチング以外の方法で侵入するアプローチについて、ドアと窓の場合に分けて検討してみます。
ドアを突破する方法には、合鍵による開錠、ピッキングツールを使った不正解錠、バイパス解錠、破錠などがあります。
これらの方法については、過去の記事「合鍵を使って錠前を突破する方法を考察する」や、拙著『ハッカーの学校 鍵開けの教科書』で詳しく解説しています。興味のある方は、本記事を読み終えた後に参照してみてください。
Cyber Risk Defender |
合鍵を使って錠前を突破する方法を考察する |
Security Akademeia |
『ハッカーの学校 鍵開けの教科書』サポートページ |
窓を突破する方法には、クレセント錠の不正解錠や、窓ガラスの破壊などがあります。
窓は一般的にドアに比べて脆弱です。防犯フィルムが貼られていないガラスは簡単に割れるため、侵入者にとってはクレセント錠を不正解錠するよりも、破壊する方が手っ取り早いといえます。専門的なスキルはほとんど要求されず、特殊な道具も必要ありません3。
特に1階のウッドデッキに面した窓は、侵入口として狙われやすいです。これは、人の出入りが頻繁であることや、採光を目的に大きな掃き出し窓4が設置されているためです。また、2階のベランダにも同様の理由で掃き出し窓が採用されます。防犯意識の低い人は、ベランダからの侵入を警戒せず、ロックをかけ忘れることがよくあります。こうした隙をついて、侵入者は隣のベランダやロープを使って上から降り、ベランダの窓ガラスを破ろうとすることがあります。
ただし、窓を割るのが簡単でも、人が通れなければ意味がありません。「人が通れる大きさでない」「防犯フィルムが貼られている」「鉄格子で守られている」「振動センサーやマグネットセンサーが設置されている」「補助錠で窓が固定されている」などの場合、窓からの侵入は困難になります。
それでは、本題のブリーチングに戻ります。ここでは、ブリーチングの対象となるものを具体的に紹介します。
ブリーチングにおけるもっとも一般的な突破口です。ドアに対するブリーチングをドア・ブリーチングと呼ばれます。
窓ガラスを粉砕して室内に侵入します。手を差し入れてロック機構を解除するか、必要であれば人が通れる大きさまで窓を割ります。
事故でドアが変形して開かなかったり、傷病者が自力で脱出できなかったりする場合、ドアを破壊して取り除きます。
車のドアには2枚ドア、4枚ドア、スライドドアがあり、それぞれ破壊方法が異なります5。
また、車内に閉じ込められた者や、放置された子供やペットを救出する際には、サイドガラスを割って救助することがあります。
輸送車、飛行機、電車などが対象です。テロリストに乗っ取られた場合、犯人の制圧や人質救出のためにブリーチングが行われることがあります。また、現金輸送車や護送車を襲う犯人が施錠された扉を開ける際にブリーチングを行うこともあります。
セキュリティゲート、車両用ゲート、城門などが対象です。特殊な例としては、牢獄の鉄格子を挙げられます。脱獄に関しては、ブリーチングだけでなくさまざまな方法が存在し、興味深いテーマです。機会があれば、別の記事で取り上げる予定です。
ブリーチングのしやすさという観点では、ドアより窓のほうが優れています。単に建物内に侵入することが目的であれば、窓をブリーチングするほうが効率的です。しかし、窓を使う場合、出入りに多少の時間がかかったり、多人数が一度に侵入できなかったりするデメリットがあります。こうしたデメリットが重要になる状況では、ドアからのブリーチングが優先されるか、ドアと窓を同時にブリーチングすることが一般的です。たとえば、犯人の確保を目的とするような場合がこれに該当します。映画などで、ドアを破壊して突入するシーンや、高層階の大きな窓ガラスを破って突入するシーンを観たことがあるでしょう。
エントリーツールとは、ブリーチングを行うための道具全般を指します。
対象としては、ドア、窓、乗り物の扉などが挙げられます。対象の素材によって破壊のしやすさが異なります。たとえば、ドアの場合、狙うべき箇所としては錠前、戸枠、蝶番6、ドア・スコープなどがあり、どの部分を狙うかによってブリーチングの効率が大きく変わります。
たとえば、蝶番を狙う場合について考えてみます。蝶番を破壊まはた切断してドアを開けることは理論上可能ですが、実際には多くの困難が伴います。ドアが薄い場合、、下側の蝶番を外しバールでドアをゆがめ、ストライクからデッドボルトを外すことができます。対して、ドアが厚い場合、すべての蝶番を外す必要があります。さらに、ドアが外れても、補助錠がかかっていたり、ドアチェーン(チェーンロック)やU字ロックが施されていたりすると、ドアを外す作業はさらに困難を極めます。とはいえ、ドアチェーンやU字ロックがかかっていれば、内部に人がいることを示しています。その人が屋内からドアを開けないということは、要救助者がいると可能性が高いと判断できます。
日本の玄関ドアは、外開きか引き戸がほとんどです7。その理由は、日本では玄関で靴を脱ぐ習慣があるためです。内開きの扉だと靴にぶつかってしまうため、日本の玄関ドアは外開きか引き戸が主流となりました。このようなドアに対してブリーチングを行う際、バタリング・ラム(ドア用の破城槌。詳細は後述)は不向きです。
一方、日本の宿泊施設やオフィスビル内の部屋と廊下をつなぐドアは(室内から見て)内開きが一般的です。廊下は不特定の人たちが行き交う場所なので、外開きのドアだと突然開いて廊下を歩いている人にぶつかる恐れがあります。そのため、内開きのドアが採用されているのです。こうしたドアには、バタリング・ラムが有効です。また、海外の玄関は内開きが一般的なので、バタリング・ラムが有効な手段となります。
「傷をつけることさえ許されない」「小さい穴を開けるだけなら問題ない」「修理できる程度であれば破壊してよい」「修理が不要で、完全に破壊してもよい」など、状況に応じて判断が分かれます。
たとえば、ドアを開ける場合、戸枠にダメージを与えず、ドアの交換だけで済ませられれば、コストを削減できます。というのも、戸枠の修理や交換は、ドアを交換するより費用がかかるからです。
床下や天上、ダクトなどの狭い空間では、通り抜けに手間がかかるだけでなく、作業スペースを確保することも困難です。さらに、倒壊物によって通路がふさがっている可能性もあります。
火災発生、視界不良、騒音過多、配線地獄(配線が複雑に絡まっているなどの状況)などが該当します。
たとえば、火災時には煙から身を守るため、低姿勢での移動が基本となります。視界が悪い場合には四つん這いで移動するクローリング、床がはっきり見える場合には姿勢を低くして移動するダック・ウォーク(アヒル歩き)も検討します。
また、天井裏は配線がクモの巣状に張り巡らされていることが多い傾向にあります。床面が崩落して、下階の天井裏に落下してしまうと、配線地獄から脱出しなければなりません。その際、身につけているものが配線に引っかかった場合でも、冷静に対処しなければなりません。過去には、配線に絡まれて脱出できず命を落とした事例もあるため、十分な注意が必要です。
電動工具の力を借りれば、効率的にブリーチングが可能ですが、電源の問題がつきまといます。電動工具には充電式とコード式があり、周囲にコンセントがなければ、充電式を選ばざるを得ません。
隠密に作業を行う必要がある場合、作業音を抑えるために静かな手動工具を使用しなければなりません8。
たとえば、小さい穴を空けてバイパス開錠の足がかりにしたり、スネークカメラ9で建物内の状況を監視したりしたいとします。電動ドリルを使えば簡単に穴を空けられますが、騒音が発生します。騒音を避けたい場合には、手回しの手動ドリルを使用します。騒音は抑えられますが、貫通させるには力と時間を要します。
ブリーチングを行う際、瞬時に突破する必要があるのか、ある程度時間をかけられるのかによって、選択すべき手法が変わります。
たとえば、犯人を制圧する目的であれば、一瞬で突破するのが理想的です。突入支援員(ブリーチャー)がブリーチングして、突破した瞬間に突入員(アサルター)が建物内に突入します。ブリーチャーには危険が伴うため、盾を持った補助要員が同行することもあります。スタングレネード10を使用したり、一時的に停電を引き起こしたりして、犯人が混乱している隙を狙って突破する方法もあります。
「いつ災害が起きるかわからないから、車内にブリーチングに使える工具を保管しておく」という行為は避けるべきです。日本の法律では、車載する工具の種類によっては、所持しているだけで検挙される可能性があるからです。
日本には「特殊開錠用具所持禁止法」という法律があります。この法律は、通称「ピッキング防止法」と呼ばれ、侵入盗を未然に防ぐことを目的としてます。正当な理由なく特殊開錠用具を所持したり、指定侵入工具を隠して携帯したりすることを禁止しています。
e-Gov法令検索 |
特殊開錠用具の所持の禁止等に関する法律(平成十五年法律第六十五号) |
この法律には注目すべき2つのポイントがあります。1つ目は「所持」(自分の管理下にあること)と「携帯」(持ち歩くこと)の違い、2つ目は「特殊開錠用具」と「指定侵入工具」と呼ばれる道具の区別です。
今回はブリーチングがテーマですので、問題となるのは指定侵入工具の携帯です。指定侵入工具には、次のような工具が該当します。
工具の種類 | 該当するための条件 | 不正解錠での使われ方 |
マイナスドライバー | 長さ15cm以上、先端の幅が0.5cm以上 |
・鍵穴に入れて無理矢理回すことによる破錠 ・窓ガラスの破壊(三角割り) |
バール11 | 作用する部分(先端)のいずれかの幅が2cm以上、長さが24cm以上 |
・扉や窓のブリーチング ・シャッターのこじ開け ・車上荒らし |
ドリル |
電動・手動に関係なく直径1cm以上の刃が附属するもの ※本体と刃を分けた状態で隠し持っていても検挙の対象 |
・玄関錠の破錠 ・バイパス解錠のための穴開け ・ドアスコープ解錠 |
これらの工具はいずれも、DIYや業務上の工事で一般的に使用されるものです。絶対に持ち歩いてはいけないというわけではなく、正当な理由があれば検挙されません。業務など正当な理由がある場合には、所持や携帯は許可されています。たとえば、鍵屋やロードサービスなどのプロ業者がピッキングツールを持つことや、大工がマイナスドライバーを持つことは犯罪には当たりません。
こうした専門職でなくても、業務以外の正当な理由があれば問題になりません。「購入した工具を持ち帰っている」「友人に工具を貸すために持ち歩いている」「引っ越し先に工具を運んでいる」などが該当します。ただし、持ち運ぶ際には、携帯する理由が客観的に理解できるようにしておく必要があります。正当な理由がある場合でも、これらの工具を隠して持ち歩くことは禁止されています。どうしても持ち運ぶ必要がある際には、工具箱に入れ、正当な理由を証明できるものを準備しておくことが重要です。
鉄砲刀剣類所持等取締法は、拳銃や刃物類の所持を取り締まり、犯罪を防止するための法律です。通称「銃刀法」として一度は耳にしたことがあるでしょう(以下、銃刀法と記します)。
銃刀法の第二十二条では「業務その他の正当な理由がある場合を除いては、刃体の長さが六センチメートルを超える刃物は携帯してはならない」と定められています。
e-Gov法令検索 |
砲刀剣類所持等取締法(昭和三十三年法律第六号) |
軽犯罪法は、日常生活において道徳的に許されないような比較的軽微な犯罪や、それに対する刑罰を定めた法律です。
軽犯罪法の第一条第二項では、刃体の長さが6センチメートル未満の刃物や、鉄棒12などの使用法によって他人の体に危害を加える攻撃力が備わる器具の携帯を禁止しています。また、第一条第三項には「正当な理由がなくて合かぎ、のみ、ガラス切りやその他他人の邸宅又は建物に侵入するのに使用されるような器具を隠して携帯していた者」という規定されています。
e-Gov法令検索 |
軽犯罪法(昭和二十三年法律第三十九号) |
特に次の物品については要注意といえます。
これらの工具を正当な理由なく車に積んでいると疑われた場合、取り調べを受けるだけでなく、場合によっては現行犯逮捕されてしまう恐れもあります。もちろん、街中で腰にぶら下げたり、単体で持ち歩いたりすることは完全に違法です。
詳細は後述しますが、ブリーチングに斧を使うことがあります。斧は「その他の刃物」に分類され、「刀剣類」には含まれません。しかし、軽犯罪法の第一条第二項に接触する可能性があります。
また、窓のブリーチング用の工具は軽犯罪法の第一条第三項に該当します。それだけではなく、場合によっては懐中電灯でさえ問題となることがあります。
実際に、2017年2月、福岡県大野城市で41歳の土木作業員の男性が正当な理由なく懐中電灯を所持していたことを理由に、現行犯逮捕されました。福岡県警の発表によると、男性には軽犯罪法第一条 第三項が適用されたと推測されます。
足でドアを蹴ってドアを打ち破る手法をドア・キッキング(door kicking)といいます。資機材(*1)13を用意する必要がないという利点はありますが、木材やアルミなどの弱い素材で作られたドアや、簡易的なロック機構の場合にしか通用しません。
日本の框ドアは、下側にアルミの框が採用されていることがあり、この部分は蹴破れる可能性があります。
最初の一撃は全力で蹴らずに、ドアの強度を確かめるために加減して足裏全体で蹴ります。蹴破れると判断したら、蹴る場所を定め、実際に蹴り込みます。このとき、つま先ではなく、体重を乗せた足裏全体を使うのがコツです。蹴破れるまで何度も蹴りを入れます。ハンマーやバールがあれば同様に衝撃を与えられますが、打撃が一点に集中しないように、位置をずらしながら打撃を加えるのが効果的です。
一般には、ブリーチングのために使用する工具を総称してエントリーツールと呼びます。一般的な工具から専門的な工具まで、さまざまな種類が活用できます。
ここでは、代表的なエントリー・ツールの特徴を紹介します。
バールは、てこの原理を利用する鉄製の棒です。シンプルな道具であり、誰でも簡単に扱えると思われちですが、使い手の技術によって効果に大きな差が出ます。長さにはさまざまな種類がありますが、携行性や作業の効率を考慮すると、450mm~600mmのものがおすすめです。また、材質としては無垢鉄より、中空型のもののほうが軽くて曲がりにくいため、より適しています。
バールを効果的に使うには、対象物に対して先端部を深く込む必要があります。その際、バールのL字側をハンマーで叩き入れることになりますが、慣れていないとバールを握る手を叩いてしまうことがあるため、日頃の訓練が重要です。
木製のように部材が弱いドアであれば、バールのL字側を使って突き、貫通させることが可能です。拳が入る程度の大きさになるまで、何度も貫通させます。あとは腕を差し入れて、サムターンを解除するだけです。ただし、木製ドアであってもドアノブ付近に補強材が入って場合があります。ドアをノックして他よりも音が低かったり、鈍い音が鳴ったりする場合は、そこに補強材があると判断できます15。補強材を避けた位置を狙いましょう。
デッドボルトが見えていれば、バールを使って強制的にデッドボルトを状箱内に戻す方法があります。しかし、面付錠箱16の場合は、構造上デッドボルトが外側から見えないため、この方法は使えません。また、鎌付きデッドボルトだと、鎌が引っかかっているため、バールを使っても強制的に錠箱内に戻せません。
扉の内側にU字ロックがかかっている場合、バールの釘抜き部分を使ってねじることで、U字ロックを破壊できます。
ハリガン・バー(Halligan bar)は、消防士が使用するドアや壁のブリーチングに特化したバールです(図参照)。一般にハリガンとも呼ばれます。1948年にアメリカのニューヨーク市消防局(FDNY)の消防士ヒュー・A・ハリガン(Hugh A. Halligan)によって設計され、この名が付けられました。ハリガン・バーは北米全体に広がり、最終的には世界中で広く採用されるようになりました。
ハリガン・バーは、こじ開け、ねじり、パンチ、打撃など、さまざまな用途に対応する多目的ツールです。
なお、ハリガン・バーが登場する以前には、ケリー・ツール(Kelly tool)が使われていました。これは、ニューヨーク市消防局の隊長だったジョン・F・ケリー(John F. Kelly)が発明したことに由来しています。
Wikipeida |
Kelly tool |
スレッジハンマー(sledge hammer)は、両手で扱う大型のハンマーです(図参照)。工事や建設現場でよく使われる工具で、ホームセンターで簡単に入手できます。
ブリーチングが目的ならば、スレッジハンマーは木製の扉や窓のような壊れやすい対象物に適しています。
ドアノブ(ドアレバーも同様)に対して垂直にスレッジハンマーを叩きつけてはいけません。ノブノブが外れても、ドア内部のロック機構はそのまま残るため、閂は外れず、ドアは開きません。ドアと戸枠の間にハリガン・バーやケリー・ツールを差し込み、スレッジハンマーで叩き込みます。先端が深く差し込まれたら、バールのように引いてドアを破壊するか、ロック機構の閂を外します。
また、スレッジハンマーで蝶番を破壊する方法もあります。蝶番は数本のネジでドアと戸枠に固定されているため、スレッジハンマーで蝶番を叩き落とし、その後2本のバールを使ってドアと戸枠の間に差し込むことで、ドアを外すことができます。
木製のドアであれば、時間はかかりますが斧を使ってブリーチングできます。斧によるブリーチングは、映画「シャイニング」が有名です。
ドア・ブリーチング用の斧には、刃の反対側(背側)に平らな鉄板がついており、スレッジハンマーで叩くことができます。
米国の消防士たちは、ドアの開放や壁の破壊のためにハリガンバー(前述)と消防斧(fire axe)17を標準装備しています(図参照)。これら2つは、図のように専用ストラップでまとめて積載および携行されます。このセットはアイアンセット(set of irons)と呼ばれ、専用ストラップはマリング・ストラップ(marrying strap)18と呼ばれています。このストラップは充水したホースにも巻けるため、消火中のホースの部分的な保護(エッジの干渉防止など)や、ホースの穿孔による漏水の防止としても使用できます。
また、軍の兵士たちは銃器をメインの武器として携帯するため、小型で細身のタクティカル・トマホーク19という軍用斧を装備します(図参照)。これは、格闘時の打撃用または手投げ用の武器として使用されます。
破城槌とは、攻城戦で丸太状の物体をぶつけて、その衝撃で門や壁を破壊するための装置です。映画やゲームで見たことがある人も多いでしょう。光栄の「三国志」シリーズでは、衝角という名称で登場します。
バタリング・ラムは、ドア・ブリーチングを目的とした破城槌です(図参照)。携帯サイズのタイプは、一人または数人で扱います。高強度の扉向けには機械の力を借りるタイプもあります。
外側から衝撃を与えるため、内開きの扉に有効です。バタリング・ラムの構造上、扉にぶつける面が広いのは、ドア全体に均等の衝撃を伝えるためです。接触面積が小さいと衝撃が一点に集中し、木製のドアだと貫通してしまう可能性があります。もしドアが貫通してしまうと、かえって開けにくくなり、突入に手間取ってしまいます。
銃や爆薬で扉のロック状態を無力化してからバタリング・ラムを使えば、より簡単に扉を開けられます。
ガラスブレイカーは、ガラスを割るための道具の総称です。身近な例としては、車の事故や水没でドアが開かなくなった際、窓を割って脱出するためのガラスブレイカーがあります。車のサイド・ウィンドウ(ドアの窓)やリア・ウィンドウ(後ろの窓)は強化ガラスが使われています。「強化」といっても、普通の一枚ガラスの約3倍の強度にすぎず、先の尖った道具で衝撃を与えると粉々に砕けます20。割れたガラスは粒状になるため、怪我をしにくいという特徴があり、安全ガラスとも呼ばれます。
緊急脱出用のガラスブレイカーの先端には小さい突起がついており、これでガラスを突くことで簡単に割ることができます。金づちタイプ(ハンマーのように振るタイプ)(図参照)、ピックタイプ(アイスピックのように握るタイプ)、ポンチタイプ(パイルバンカーのように先端が飛び出すタイプ)などがあります。タクティカルペン21にガラスブレイカー用の突起が備わっていることもあります。車に常備するのであれば、シートベルトカッター22も付属した緊急脱出専用のものをおすすめします。
以上は、車のガラスをブリーチングする話でした。
ここからは、建物の窓ガラスに対するブリーチングについて考察します。侵入盗が窓ガラスを割る代表的な手口には、打ち破り、三角割り(こじ破り)、焼き破りなどがあります。場合によっては、ガムテープ等を使った飛散防止テクニックも併用されます。
バールなどの工具でガラスを叩きつける、非常にシンプルな手口です。一般的な一枚ガラス(フロートガラス)であれば、1発で割ることができます。大きな音がしますが、ガラスを割るスピードはもっとも速い方法といえます。
簡単で大きな音がしないため、もっともよく使われる手口です。ガラスとサッシの隙間にマイナスドライバーを何度か突きつけることで、ガラスを割ります。
ガラスにガスバーナーの火を当て、熱で割る手口です。割れるときには小さな音しかしません。一般的な一枚ガラスであれば、約10秒で割れます。
網入りガラスはワイヤーを内蔵しており、火事の際に飛散しにくい構造になっています。そのため、焼き破りに対しては耐性がありますが、衝撃には強くありません。一般的な一枚ガラスと強度は変わらず、叩いても音が出にくいので、打ち破りの格好のターゲットとなります。
ボルトカッターは、強力な刃で太い金属棒を切断するツールです(図参照)。てこの原理をうまく活用しており、柄が長いほど強い力を発揮し、先端の刃に力が集中する構造になっています。
倉庫の扉やゲートを封鎖する際に、南京錠とチェーンを組み合わせて使用されることがありますが、ボルトカッターを使えば、その鎖やシャックル(南京錠のU字部)を簡単に切断できます。また、自転車やバイクの盗難防止用チェーンロックを破壊するためにも用いられることがあります。
手動で扱うツールであるため、電動工具と比べて静かにカットできるという利点があります。ただし、切断後にチェーン同士がぶつかり合う音は生じます。
油圧式のボルトカッターであれば、手動のボルトカッターではカットできない金属棒でも、安定してカットできます。
エンジンカッターはガソリンエンジンで駆動し、コンクリートや金属などの硬い材料を高速で切断するグラインダー風のツールです(図参照)。ガソリンパワーカッター(gas power cutter)やコンクリートソー(concrete saw)とも呼ばれます。
↑PARTNERブランドのエンジンカッターK1200 MarkⅡ
エンジンカッターを使ったドアの開放方法はさまざまな手法があります。解説を読むと簡単そうに思えますが、実際には高度なスキルと経験が必要です。現場では、動きづらいさや視界の悪さ、騒音の大きさ、邪魔なドアノブや床の存在、ドア内部の補強材23による切断の難しさ、ドアの内側に要救助者がいる、補助錠が存在する、サムターンの向きが異なるなど、さまざまな条件が重なります。開口部が大きいと、カットに時間がかかるだけでなく、内部への煙の流入量が増え、その後の活動に支障をきたす恐れがあります。
↑ドア・ブリーチングの訓練の様子
↑実物のドアをカットしている例
※ブリーチングはしていない。火花や騒音がすごいことを実感できる。
シンプルな開放手段です。少ないカット数で開放面積を確保できます。バールでのめくりが不要で、エンジンカッターだけで完結するのが特徴です。また、ドア内部の補強材をあまり考慮しなくてもよいため、堅固な防火ドアにも有効です。
しかし、切断位置(サムターンに手が届く場所)、切断辺の長さ、三角形の頂点の角度、切断深度を適切に見極めた上で実行するには高い技術力が求められます。完全な三角形に切断できず、1mmでも切れ残しがあると、それを補うための追加の切断処理が必要になります。
迅速性を追求した手法です。エンジンカッターで三角形の2辺をカットし、残りの1辺はバールや体重を使って折り曲げ、開口部を作ります。エンジンカッターによるカットラインを最小限に抑えています。切断した断面は鋭利で高温になるため、注意が必要です。最終的に体重をかけられるようなにカットするのがコツです。
エンジンカッターを用いて四角い小さい開口部を作る方法です。3辺カットや2辺カットより簡単です。四角形の辺の端から端まで切るのではなく、辺の中心を狙って押し込み、辺を作るようにカットする。
エンジンカッターを使って、人が通れるほどの大きな開口部を作る方法です。ドアが変形している場合、錠前を開錠しても扉が開かないことがあります。こういった状況で有効な最終手段です。
バールを差し込んでドアと戸枠の隙間を広げ、切断刃を入れるスペースを作った後、デッドボルトを狙ってエンジンカッターでカットする方法です。デッドボルトだけをカットするため、比較的簡単です。しかし、エンジンカッターは大きな装置のため、ドア枠周辺に障害物がある場合には使えません。
また、この手法に適した扉と適さない扉があります。倉庫などに設置される両開きの防火戸には、この方法が有効な場合が多いといえます。ただし、デッドボルトカットを試みて誤って錠箱を破壊してしまうと、サムターンを回してもドアが開かなくなるため、注意が必要です。
蝶番を切断してドアを開放する方法です。この方法は外開きのドアにしか通用しません。エンジンカッター以外の非力なツールしかない場合は、蝶番を狙ったブリーチングも選択肢の1つとして入れるとよいでしょう。しかし、エンジンカッターが使用可能であれば、わざわざこの手法を採用する必要はありません。
エンジンカッターを用いた各種錠前やレバーに関する説明は、わかりやすさを重視して大きくデフォルメしています(図参照)。
ところで、エンジンカッターの切断刃は円形であるため、ドアの手前側(屋外側)と奥側(屋内側)では切断範囲が異なります(図参照)。たとえば、三角形にカットしたい場合、奥側を完全に切断して貫通させるためには、手前側で三角形の頂点を余裕を持って交差させる必要があります。
さらに、切断刃の素材にも注意が必要です。切断刃がダイヤモンドカッターであれば問題ありませんが、砥石刃の場合は切断の過程で刃が削れていき、直径が小さくなります。つまり、作業が進むにつれて、奥側の切断範囲が小さくなります。
銃で扉のロック機構を無効化できれば、ブリーチングに成功します。ただし、銃で鍵穴やドアノブを狙ってもあまり意味がありません。なぜなら、扉が開かない原因はデッドボルトが扉と戸枠をまたぐ形で固定されているからです。よって、扉を開けるためには、デッドボルトが閂として機能しないようにする必要があります。具体的には、デッドボルトを破壊するか、ストライク(デッドボルトが引っかかる戸枠の凹み)をむき出しにするか、ストライクからデッドボルトを外す必要があります。この3つのアプローチのうち最初の2つについては、銃で実現できます。
撃つ際には銃口を接触させ、45度の角度にします。銃口を垂直にして撃つと、銃弾や破片も奥まで飛び、中にいる人を負傷させる恐れがあるからです。
使う銃としては、拳銃だと火力が不足し、ライフルだと跳弾のリスクがあります。そのため、通常はショットガンが使用されます。
ブリーチング専用のショットガンも存在し、マスターキーと呼ばれることがあります。この種の銃でドア・ブリーチングすることを俗にエイボン・コーリング(Avon calling)といいます24。これは、エイボン(Avon)という化粧品会社が訪問販売で有名であったことから由来しています。
円筒錠25やインテグラル錠26など、ドアノブにロック機構が内蔵されている特殊な状況では、ドアノブごと錠前を粉砕することでロック機構を無効化できます。
銃でロック機構を無効化した後は、ドア・キッキングやハンドルをひねって開けるという追加の動作を加えます。
↑蝶番をショットガンで破壊することによるドア・ブリーチング
↑閂をショットガンで破壊することによるドア・ブリーチング
↑閂と蝶番をショットガンで破壊することによるドア・ブリーチング
なお、日本では一般人が銃でブリーチングする機会はありませんが、ドアの構造やブリーチングの原理を知っておくと、映画やドラマをより楽しめます。特に日本のドラマでは、正しくない(あるいは効率の悪い)ブリーチングのシーンをよく見かけることになるでしょう。
お疲れ様でした。これでブリーチングの解説は終了です。
ここまで読んで内容を理解できたのであれば、ブリーチングの基本を習得できたはずです。自信を持ってください。